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2009年9月4日金曜日

カリフォルニア州経済破綻(其の二):「Furlough (無給休暇)」のお知らせ自動返信メッセージ

そのカリフォルニア州立大学組合から、メールの自動送信メッセージに入れるように勧めているメッセージが下記の通り。

Faculty members:

Use This As Your

Email Signature or

Out of Office Reply

「あなたのEメールのサインや自動返信にこれを使ってください。」

This year the CSU is suffering the most severe budget cuts in the history of the University. Our Administration is attempting to manage these cuts by increasing student fees and requiring employees to take unpaid

furlough days.


「今年、カリフォルニア州立大学システムは、大学始まって以来の最も困難な財政危機に直面しています。大学側(経営サイド)は、この危機に対して、学生の授業料アップならびに教員/スタッフ全員に強制休暇(自宅待機:給与カット)を取らせることで乗り切ろうとしています。」


As a result I’m out of the office more often than usual and unable to reply to your e-mail messages as quickly as I would like. I will try to answer your message as soon as is possible.


「その結果、通常以上にオフィスを留守にすることが多くなり、メールでの問い合わせに迅速に対応することができなくなります。可能な限りあなたからのメッセージに迅速に回答するよう努力いたします。」

To learn more about faculty furloughs please visit

http://www.calfac.org

「教員(ファカルティー)強制休暇に対する情報についての詳細はこのサイトをご覧ください。」


Thanks,

INSERT YOUR NAME

AND WHATEVER OTHER INFO YOU USUALLY

INCLUDE IN YOUR EMAIL SIGNATURE

ぶっちゃけた話「大学側の決断で経済危機の対応として給与カットの強制休暇を強要されているので、その結果大学を離れることが多くなり、メールの対応も遅れがちになることをご承知置きください。」というもの。つまり、みんなにこの状態を知らしめようというもの。う〜ん。

2009年9月3日木曜日

カリフォルニア州経済破綻(其の一):州立大学は今


だいぶ前に、カリフォルニア州の経済破綻の影響で、学校の現場の先生方の首切りの話をこのブログ(2009年3月25日「166人の先生の行方は?」)でもしたが、その波がとうとう州立大学の方にもやってきた。例えばカリフォルニア州立大学システム23校全体で日本円にして約500億円の削減を迫られた。(単純計算で一校、約22億弱?)

我がチコ校では、ここ数年削減につく削減で、手はすべてうち尽くした感があり、私たち大学教員の給与も据え置きだったし(実質的には物価分の上乗せがない分削減)、パートタームのレクチャラーは極力減らされ、その分私たちに仕事が回ってきていたので、実質的にはかなりハードなコースワークを皆こなす結果になっていた。(この夏は、電気代節約のため、月曜から木曜勤務の週休3日になっていた。それも朝8時から夕方6時勤務。)

またこの新学年(academic year of 2009-2010)は、経費削減のため、既に多くのコースがキャンセルになっている。例えば、この新学期(秋学期)の芸術学部だけで、19クラスもキャンセルになってしまっているというのに。あっそうそう、ついでに学生の授業料もこの新学期から30%も値上がりしている。学生たちの悲鳴が聞こえてきそう(>_<,,,)

これ以上、どう経済破綻危機に対処するのか?と思っていたら、大学側から、私たち教員/教授(ファカルティー:Faculty)へ二つの選択肢が提示された。

一つは、給与を現状維持にするかわりに、経費削減のため、勤続年数の短いファカルティー 、つまりテニュア(Tenure:終身雇用制度)を取っていないファカルティーから、レイオフ(Layoff: 首)にしていく。もう一つはファカルティーをレイオフにしない代わりに、一年間強制的に18日休業(furlough:無給休暇)を取るという形にして、 すべてのファカルティー並びにスタッフの給与から均一に10%ずつカットするというもの。

はっきりいって、二つの選択肢を示されていたけど、私たちにはチョイスは全くなかったも同然。勤続年数の短い若手の教員を黙って首に、見殺しになんか道義的に誰もできない。そんなこと大学側もわかっていて、この選択肢を示しているから人が悪い。なおかつ、この第二の選択肢をとらなかったら、大学自体も閉鎖にというようなことを匂わされていたから、そんなことありえないと思いながらも、結局、予想通り二番目を選ばざるを得ない結果に。

さて、新学期が始まってどういうことになっているかというと、ただでさえ、必須コースの突然のキャンセルで、卒業できなくなった学生たちの救済処置にそれぞれの教員は追われているというのに、この「Furlough」のスケジュール設定にも追われるはめになって、泣きっ面に蜂というのが現状。

まずは年間で、どの日を休業日にするか。授業日を休業にするわけだから、教えているコース内容に大きく影響するのは必死。キャンパスによっては、大学側でこの休業日(furlough)を決めているところもあるが、うちのチコ市キャンパスは、1/3は学校側で全校休業の日を決めているものの、残り2/3、つまり12日は教員一人一人の判断で決めてくれというもの。

これは単純に休業を取って給与が10%カットというだけのものではなく、その影響は授業内容、コミッティワーク、各人の研究プロジェクト、そしてテニュア(などのプロモーション等々、余波は大きく広がっていて、実際にどれくらいのマイナスの影響が出てくるのかは誰も想像できないでいるのが実情。

そういう訳でまだ、大学は揺れている。いつになったら収まるのだろう。それよりもこの10%カットが1年だけの暫定的は処置といっているけれど、本当に1年で済むのだろうか。ほとんどの人は誰もそんなこと信じていないもの。どうなるんだろう。

*詳細は下記のカリフォルニア州立大学教員組合サイトへ(Only 英語サイト >_<,,,)

FURLOUGH & BUDGET CUT INFORMATION (CAF:California Faculty Associationサイトより)

2009年3月30日月曜日

カリフォルニア州立大学 vs. カリフォルニア大学: CSU (California State University) vs. UC (University of California)

カリフォルニア州には2つの大きな公立(州立)の大学ネットワークシステムがある。ひとつはカリフォルニア州立大学 (CSU)でひとつはカリフォルニア大学(UC)である。

カリフォルニア州立大学は、全米で一番大きな総合大学ネットワークで、カリフォルニア州立大学の名の下、カリフォルニア州全体で23校存在する。大学院の修士まで取得できる。(博士号の取得のためには、例えば下記のカリフォルニア大学のように研究母体大学へ進むことになる。)カリフォルニア州立大学チコ校はそのひとつ、学生数約1万6千人を有する中規模校、カリフォルニア州北部の教育の中心である。それぞれのキャンパスの規模はそれぞれだが、小さいキャンパスで約一万人弱、大きいところで約三万五千人の学生数を有する。全キャンパス23校全体の学生数は約45万人。

また研究母体の大学としてよく知られるカリフォルニア大学は、そのシステムのもと、実は10校存在する。有名なUC-Berkley (University of California, Berkley) はサンフランシスコ近郊バークレー市にあるカリフォルニア大学ということである。UCLA (University of California, Los Angeles) は同大学ロスアンジェルス校というわけである。ここでは博士号まで取得できる。10キャンパス全体の学生数はやく22万人。

これらは、同大学名のもとに、このようにいくつかのキャンパスがあるが、日本のようにそれらはメインキャンパスの元分校として成り立っているわけではなく、それぞれが独立した大学であり、各大学の場所(地域)名が大学の名前の後(もしくは前)についている場合が多い。例えば California State University, Chico (これはカリフォルニア州立大学チコ市にあるキャンパスという意)また San Francisco State University (サンフランシスコ市にあるカリフォルニア州立大学)。

余談だが、カリフォルニア州立大学は全米の州立大学でも学費が安いことで有名。50州の中で、もっとも生活費の高いカリフォルニア州の学費が安い?ちょっと以外かも、でも事実。(*州立大学システムを作るにあたって、州民全体の高等教育レベルの向上という理念のもと、先人達の努力で、州がその学費をかなり負担するということになったらしい。でも皮肉なことにそのことが原因、つまり州の教育予算の具合によって、大学運営が一喜一憂することになる。このことは前回3/29付けのブログでも一目瞭然。)

州の学生であれば、1年間の学費が約4千ドル〜5千ドル(関係費用も含めて)。州外の学生はその約2倍の学費を徴収される。ただ州外の学生でも一年カリフォルニアに住んでいることが証明できれば、カリフォルニア州住民とみなされ、その学費ですむ。または1年後には州価格での授業料となる。ただし、海外からの留学組、例えば日本人留学生などの場合は、この例に入らない。何年住もうと(グリーンカードを取得しない限り)、外人価格の授業料、約通常の3倍の授業料を徴収される。(ということで、留学の際に、貯金通帳の残高証明が必要書類のひとつになっているのですね。つまり留学している間、働かなくても授業料を払える経済状況にあるということの証明が必要になっている。)何れにしろ、それでも米国の学生達にとっては、安い金額ではないので、ほとんどの人が働きながら大学にかよっている。また大学の通う学生の年齢も民族(エスニック)同様、様々である。

(ここチコには約150人の日本人留学生がいるとのことである。チコに通う約1万6千人の学生にまぎれてしまって、私はそういった日本人学生をほとんど見かけないのだが、ほとんどが高校出て数年の若い学生達であるらしい。彼らの学費はもちろん留学生価格である。そしてそれにプラスして生活費もいる。そういう学生達の留学費用のことを思うと、それを背負っているであろう親の苦労をついつい思ってしまう。この150人の中で、いったい何人がちゃんと卒業できるのだろう。みんな〜!親の血と汗と涙の結晶を無駄にしないで、がんばってくれ!!!)

(*余談ついでに、もちろん公立以外、私立も多数の大学が存在するのは周知の事実。有名なところで、東のハーバードと比較される、ここ西のスタンフォード大学、そして日本関連研究で著名な南カリフォルニア大学など、多数。でも学費が目の玉が飛び出るほど高い。米国の私大は、日本の医学部並みの授業料をぶんどるのである >_<,,, 上記のように、州立大学の学費も日本の国立大学と比較してとても高いです。)

カリフォルニア州の大学システムの概要(英文)のサイトからの抜粋は下記をご参照のこと。


The CSU is a leader in high-quality, accessible, student-focused higher education. With 23 campuses, almost 450,000 students, and 47,000 faculty and staff, we are the largest, the most diverse, and one of the most affordable university systems in the country. We offer unlimited opportunities to help students achieve their goals. We prepare graduates who go on to make a difference in the workforce. We engage in research and creative activities leading to scientific, technical, artistic and social advances. And we play a vital role in the growth and development of California's communities and economy.

The campuses of the University of California provide exciting environments that foster world-class educational and research opportunities and generate a wide range of benefits and services that touch the lives of Californians throughout the state. The UC family includes more than 220,000 students, more than 170,000 faculty and staff, 37,000 retirees and more than 1.5 million living alumni. Opened in 2005, the UC system's tenth campus at Merced—the nation's first public research university to be built in the 21st century—is the first new UC campus in 40 years. UC is also actively involved in locations beyond its campuses, national laboratories, medical centers and neighboring communities — in places throughout California, around the world and online.

2009年3月29日日曜日

カリフォルニア州立大学2校の閉鎖?:Info from CFA (California Faculty Association)


"We are a union of 23000 professors, lecturers, librarians, counselors and coaches who teach in the California State University system."

先日3/25付けのプログで教育費破綻のあおりを受けて、今チコ市では10億の予算カットのため、160人余りの小学校教員の削除を予定しているという情報をあげたが、それ以上の驚くべきニュースをついさっき CFA (California Faculty Association: カリフォルニア州立大学教職組合)のミーティングの夕食会で知った。この数年予算カットが続いて汲々としている現状の中で、さらにカリフォルニア州立大学全体(23校)で200億の予算削減が現実となった。その対応策として、カリフォルニア州立大学システム、23校(全体で約45万人の学生)の内、2校を閉鎖する計画があがっているとのこと。学生数約3万人あまり、そして全体で3千人余の人たちが職を失う事になる。これは私立ではない、州立の大学でのことである。日本では考えられない現実だと思う。(米国では総合国立大学は存在しないので、州立が公立大学で一番大きな組織となる。)

さすがに明日大学閉鎖ということにはならないらしいが、今後学生をとらずに、すべての学生が卒業するのを待っての閉鎖のプロセス。これに大学院の学生の卒業も含まれるのかどうかは定かではないが、少なくとも今後5−6年かけて、閉鎖に向かうということらしい。実際に候補に挙がっているのは、23校の内5校、その内の2校が確実視されている。(*23校のロケーション地図はここをクリック!

(まだ確定ではないので、大学名はここでは伏せておく事にする。カリフォルニア州の中部と南部エリアで大学が拮抗している地域で、比較的中規模のキャンパスが候補にあがっているとのこと。チコは幸いな事に北部エリアの中心を担っているので、これらの候補には挙がっていないとの事。しかし、他のキャンパスとはいえ、安定していたはずの職場を失う恐怖というのは人ごとではない。)

そういえば数年前に、チコ市で小学校3校の閉鎖があった。教育予算の縮小、その結果の削減が目的で、その3校になった理由はコストパフォーマンスというより、前ブッシュ大統領が2001年にサインした NCLB (No Child Left Behind: 落ちこぼれをなくすな教育政策)の一環、テストパフォーマンス (NAEP: National Assessment of Educational Progress:全国一斉学力テスト)の低いところが閉鎖のターゲットになったらしい。米国では、現場の先生方にとって教職は聖職どころか安定した職業でもなんでもない。それでも他の職業に比べて比較的安定している(と思われている?)せいか、いつもで教員養成プログラム (Credential Program: Single & Multiple subjects) は一杯である。


2009年3月26日木曜日

博士号への長〜い道?:ArtEd Doctoral Thesis Paper in the U of I (University of Illinois at Urbana-Champaign)


この写真はちょうど私の卒業式の時のものだから、今から11年前、1998年の5月中旬。海が生まれて3ヶ月半ということになる。月日の経つ早さを思うとめまいがしそうだが、あの時の自分の生活を振り返ってみて、あのタイミングでよくすべて終了できたなと感嘆。いまだったら絶対できないことで、若さ(その時ですでに30代後半だったけど)と、海が生まれてくるまでに、すべて終了させなければという崖っぷちの気分に近かった。結果的には、それがモチベーションになって、終わらせることができたのだろう。

米国に来た(日本から見ると「行った」かな?)いきさつについては、原稿を美術教育ニュースで「思えば遠くへきたもんだ」というのをだいぶ前に書いたことがあるし、博士卒論についても、つい最近別の研究ブログ Visual Pop-culture blog(3/26付け)に書いたが、ここでは博士号取得のプロセスとその裏話も少し。

博士課程に入ってから卒論を書くまでには、米国でははっきりとした段階的プロセスがあって、私の出たイリノイ大学(University of Illinois at Urbana-Champaign)も同様。もちろん修士号終了後、博士課程に進むのだが、美術教育の場合、修士の資格の他に少なくとも公立学校で3年間の教師経験が必要ということになっている。とはいえ、教師経験以外の現場の経験、例えば美術館での仕事経験等、けっこう他の経験でその代替にもなっているようで、特に海外からの博士課程組にはそういうケースが多いような気がする。ちなみに私の場合は、日本人学校での教師歴5年(それも美術ではなくて、中学での国語専任と小学校の担任としての経験)と私立カソリックスクールでの美術教師歴4年(小学校1年〜中学2年)がそれを満たすということで、オッケーが出た。(結構いいかげんである ^_^)。ようは学校をストレートに学問だけして博士課程に進むのではなく、現場の経験が大切ということなのだという理屈なのだと私は解釈している。

1. Quality Examination: 博士課程のコースワーク終了後、いよいよ博士論文執筆に入るわけだが、その前にQualify Examination という、資格試験(博士論文執筆に入るだけの基礎知識を会得しているかどうかの確認試験)を受けなければいけない。これが第一関門で、論文試験である。結構状況によってその内容や方法が、(そして特に試験監督教授によって)異なるらしいので、私の場合はというと、二人の教授からそれぞれ、論文のタイトルを与えられ、それに回答する形で論文を1週間以内に作成してくるというものだった。あっそうそう博士課程に入る前に、美術教育関連の読んでおくべく本のリスト(約100冊)を与えられているので、基本的にはそのテストに入るまでに、これらの本を全部読んでおく必要があるということになる。(*うちの先生達は優しくて、本人の卒論方向に沿った質問をちゃんと考えて出してくれていて、これらの作成論文がその卒論作成にちゃんと役にたつように考えてくれている。感謝。そういうことで、この時集中してまとめた論文、特に描画や美意識の発達論の比較表などは、今でも結構役にたっている。)

2. Committee選択: そのテストにパスした後、今度は卒論を審査するコミッティーを選ぶことになる。全部で4人。その中に少なくとも一人は、美術教育専門以外から選ぶということになっている。が、私の場合、全く逆で、一人のみ美術教育から、他の三人は他の専門分野からお願いした。特に認知心理学と研究方法論の専門分野からお願いしたが、自分の研究の方向性を指導してもらうためなので、このコミッティーメンバーの選択は特に重要である。お願いしても、皆超多忙な教授陣なので、皆が皆引き受けてくれるとは限らない。私の場合はその美術教育からの一人(つまり私の卒論指導教授)と相談をして、良い組み合わせのメンバーを選択し、お願いした。結果はラッキー!(*この時、コミッティーメンバーの中が良いかどうか、少なくとも敵対関係にない人々を選ぶのが大切と先輩方から教えてもらったので、この辺も確認。)

3. Preliminarily Examination: この後、本格的に卒論の執筆を始めることになる。最初の3−4章(研究の方法論のところまで)まで書き上げたところで、Preliminarily Examination というのを受けなくてはいけない。これが第二の関門。コミッティーメンバーの教授陣に書き上げた論文を送付し、内容を確認してもらい、メンバーを全員収集しての口頭試問テストとなる。そこで研究の方向性や方法論が妥当であるかどうかの厳しいチェックが入る。たくさんの修正案が出され、それに対して更新論文を執筆しなおさなればいけない。へたをすれば、ここで論文の完全変更ややりなおしを命ぜられることにもなる。(そうなのここで結構足踏みをするケースも少なからずある。)私の場合は、それぞれの提案や修正案が提示されただけで、そのまま論文を書き進めて良いという許可をもらうことができ、ひとまずほっと。そして、ここで最終ディフェンス(最終試問テスト)の日程を来年2月ということに。

それがだ。ここからが問題。まずい妊娠してしまったのだ。出産予定日が1/25/98。すぐに指導教官(アドバイザー)のティナに連絡。最初はちょっとあきれたように、「しょうがないわね」。の一言にあと、「私も覚えがあるから、とにかく中止にしないで、口頭試験の日にちを少し前倒しにできるかどうかの確認をコミッティーメンバーにしましょう。その後はもう運だから。おなかの赤ちゃんによく頼んでおいてね。」と笑顔。(実はご本人も修士号の時に同様の経験をしているとのこと ^_^)

それからはもうなんとも長ーい(そして他人には退屈にすぎない)話しになるので、ここでは省略。とにかくこの時も学生と美術教師の二足のわらじをはいていたので、仕事と論文執筆の両方を日に日に大きくなるおなかと格闘しながら、やっておりましたね。とにかく試験の前、2ヶ月前までには余裕を持ってコミッティーメンバーに卒論の完全版を送付。ということで、遅くとも年内12月初めまでに全員に送付。試験にそなえてもらわなければいけない。大変大変できるかなあ、、、

ひとつエピソード。試問試験一日前(1/23/98)の病院での最終検診の時、血圧が異常にあがってしまい、看護婦さんから至急入院をすすめられたのだが、明日試験なのでそれまでは待っててほしいと懇願すると、「あなた赤ちゃんと試験とどっちが大切なの?!」ときつくしかられることに。でもでも私は思わず悲痛な声で答えてしまいました。「赤ちゃんはもちろん大切。でもこの子はまだおなかの中に9ヶ月しかいないけど、私はこの研究に5年使ったんです。」看護婦さんはあきれたように、私をにらみつけていたけど、そばにいた私の担当の先生(お医者さん)が、「じゃあ一時間後にもう一度検査して、血圧が通常値までさがったらオッケー、高かったら至急入院てことでどう?」と。結果は正常値に。ほっ。看護婦さんの「試験が終わって、すぐに病院に入院よ。わかってますね」という言葉を背中に聞きながら、明日の準備のため、自宅へ。

4. Defense(最終試問試験): ディフェンス当日(1/24/98)、はちきれんばかりに大きくふくらんだおなかで試験にのぞみ、1時間の発表、そして1時間の質疑応答。計約2時間の試験。妊婦に対して同情して少し優しくしてくれるかなあという下心がなかったとは言えないけど、、、その期待は完全に裏切られ、たくさんの質問が飛んできましたよ。試験が終わり、隣の部屋でコミッテーの話し合いを待つ事15分。Dr. Tina Thompson の 「Congratulations! Dr. Toku」の笑顔にテストにパスしたことを知ったのでした。その時の彼女の言葉を私は一生忘れないと思う。「You are not my student anymore, but my colleague from now on. (これであなたはもう私の生徒ではないの。今日から美術教育を指導する同僚の一人よ。」おもわず涙が出ました。その時、私の試験に何人かの学生も参考にしたいと見学していたけれど、その何人かももらい泣きで「よかったよかった。」とハグ(抱きしめて)してくれました。みんな元気かなあ。

もうこういうこともありましたね、というくらいはるか昔のことになってしまいましたが、昨日のことのように思い出します。(予定日より早く生まれたらどうしようと心配していましたが、結果は、居心地が良くなってしまったうちの息子は翌日の予定日にも出てこず、2日遅れで1/27に約10時間かかって出てきました。)

5. Paper Deposit(最終版卒論提出): その後、また試問試験の際、指導を受けた修正事項を元に、卒論の最終修正をし、大学出版指定の書式へ変更、決められた日までに提出。というプロセス。期限までに提出できない場合は、卒業式に出れないとあって、4月の締め切りまでの2ヶ月間で、これまた必死に仕上げました。

6. Graduation(卒業式): その後、晴れて卒業式に出れることになった私は、海と一緒にこうやって笑顔で写真にうつることができました。なんていうことはないただのスナップ写真の一枚なのですが、私にとってはその裏に博士号取得への長ーい道のりを思い起こしてくれる記念すべき一枚でもあります。とにかくこれが今の私の原点 (^_^)。その息子、海ももう11歳。(本人はもちろんなんにも覚えてない。)


2009年3月5日木曜日

米国美術教育協会:NAEA (National Art Education Association)


春だ3月だ。NAEA学会の季節である。米国では、各州に学年を超えた美術教育協会があり、例えばカリフォルニア州ではカリフォルニア美術教育協会 (CAEA : California Art Education Association)、それを総括する形で米国美術教育協会 (NAEA: National Art Education Association)が存在する。毎年3千から5千人の参加者があり、論文発表だけで6百件余、ワークショップや招待基調講演、特別シンポジウムなどを’入れると千件近い発表がある。それを五日間で消化する、全米最大(というより世界最大)の美術教育関係の学会。参加者も幼稚園から大学までに教員、美術館関係、そして学生と広い。また語られるテーマも学年ごとのカリキュラムの実践や一般的な教育理論から時代に応じてまた社会のニーズにあわせて、関連理論を含め多岐にわたる。

そして米国の学会でありながら、実は世界中から参加者がやってくるといっても過言じゃない。(昨今ではアジアから、特に台湾&韓国から多くの人がやってくる。日本ではちょうど卒業シーズンと重なる時期であることや、日本での美術教育学会の開催時期とも重なってしまうので、日本からの参加者が少ないのでとても残念。特にもっと現場の先生方の発表をここでどんどんして欲しいのに、、、何度が日本からの先生方の発表をお手伝いしたが、いつも大盛況。参加者からもっと日本からの発表をという声も高いんですよ。ほんとにほんとよ!!!)

例年3月に米国のどこかの大都市(西、中央、そして東と回る)で開催されるのが常だが、今年は北のミネアポリスで4/17(金)~4/21(火)にかけての五日間(寒い土地なので4月)の開催です。(この時期ならもしかして日本からも来れるのでは?)

発表応募締め切りはなんと8ヶ月以上も前の6月の中旬〜7月初旬の間頃。なにせ一般発表6百件が上限のところ、例年倍の1,200〜1,500件のプロポーザルが届くので、それぐらい時間をかけないと選別できないのだろうと想像する。ということで、応募する側も一件だけでは落ちる可能性が大きいので、当然2〜3件応募して、1件、運がよければ2件くらいの発表と見越して、多く応募するのが、結果的に倍以上の応募が例年届くという事になる。



1995年の学生時代から毎年参加発表している私ですが、なんと昨年はサバティカル (sabbatical: 研究長期休暇)で大学で教鞭をとる義務から解放され半年日本に滞在して仕事をしていたので、昨年なんと締め切りをすっかり失念。(カレンダーにも忘れないように、しっかり印をつけていたのに〜 >_<,,,)。この学会は大学卒業後、全米に散り、各地で仕事をしているかつての学友達や恩師にも会える、同窓会のような場でもあるので、今回はみんなに会いに行ってこようと思う。と思っていたら別の同僚から共同での発表を依頼されたのと、USSEA: (United State Society for Education:InSEAの米国版)のランチパーティで昨年8月の大阪でのInSEA (International Society for Education through Art)のことを少し発表することになった。それでもいつもの個人での論文発表に比べれば、精神的にずっ〜と楽。久しぶりに皆とわいわい情報交換をしながら交遊を暖めることにしよう。

*米国では大きな学会開催場はホテルで開催されることが多い。日本では、ホテル=結婚式場として使われることがスティタスになるわけだが、米国では、ホテル=学会会場というわけである。また学会会場先が参加者に取っての宿泊先となるので、便利。今年のミネアポリスでの学会会場はヒルトンホテル。5千人も収容するだけのキャパシティがないと行けないわけで、大きなホテルが使かわれるということに。また多くの教材&教科書会社が出店する場所も設けられていて、ホテル内で、通常ダンスホールのような大会場があてられることが多い。百件余の出店があり、宣伝のためたくさんの無料サンプルを配布してくれるので、「空のスーツケースをいつも一つ用意してくるのよ〜」という強者もいるとか。(ちなみに私ではありません ^_^)

2009年3月4日水曜日

米国大学での査定&昇格システム (RTP: Retention, Tenure, & Promotion): 助教授と准教授のはるかなる違い

2月初旬、私の所属するカレッジ、HFA (College of Humanities and Find Arts) の RTP committee (昇進査定委員会)から公式文書が届いた。「教授への昇進を推薦する。」というもの。「やっとここまできたか。」うれしいというより安堵感で一杯。実はまだまだ最終決定ではなくて、内定の段階。このあとProvost (副学長)の正式の承認書が4月頃届き、それで決定ということになる。

2/26の記事で、米国で大学教員を正式公募する時の公募方法、そして採用方法についてちょっと紹介したように、どこの大学でも似たような内容&条件で公募を行う。そして大学で博士号を取得後就職する際、年齢に関係なく、「助教授 (assistant professor」でまず採用されることになる。が、採用された後、どのようにステップアップ(昇格)していくのかも、かなり体系的なルールに基づいて決められている。例えば、「教授」が退職して、ポストが一つ空いたので、そこを埋めるために准教授の中から誰かが選ばれて、晴れて教授になるというようなことはない。ポストの数に関係なく、また年齢に関係なく、査定時期に従って、「助教授」から「准教授」にそして「教授」へと査定され、昇格というプロセスを踏むのである。

それでは、どういう風に昇格していくのかというと、まず米国の場合、「テニュア(Tenure)」というシステムを説明する必要がある。このテニュアという言葉を手元の辞書で調べて見ると「(特に大学教員の)終身在職権:通常 Associate Professorに昇格すると取得できる」と書いてある。つまり、助教授から准教授に昇格して初めて、その大学でのポジジョンが保証されるということ。逆に言うと、准教授に昇格するまでは、極端な言い方をすると、まだ仮採用の段階で、査定の結果によっては、首になってしまうこともあるということである。そう、「助」と「准」ではポスト的に雲泥の差があるのである。

通常「助教授」から「准教授」に昇格するまで、毎年査定委員会によって査定され、6年目の年に最終査定が行われ、うまく行けば7年目から晴れて「准教授」、これで肩たたきからの不安からは解放されることになる。

うちの大学では、大学共通の査定項目と条件(Standards:下記の4つの項目)があり、その内容は、また学部ごとに詳細に決められている。

A. Teaching and related activities (教授&指導の効果性)
B. Research, scholarship and creative activity(研究)
C. Service to the department, college, university, profession and/or community (大学や地域へのサービス&貢献度)
D. Contributions to the strategic plans and goals of the department/unit, college, and university. (大学への貢献度)


Aはどのように効果的に指導しているのか、指導内容&環境作りにどのように対応努力しているのか。これは、まず毎学期実施される「学生の評価結果 (Evaluation)」が一番大きい。さらに、同僚が授業を視察して評価報告もこれ。
Bは「研究」なので、論文を含む出版物、また学会等での発表回数とその質。また研究費をどれだけとってきたかも大きい評価判断になる。
Cは大学内での数ある委員会活動に奉仕しているかどうか、また地域にどれだけ貢献したか(学校とのコラボのイベントの実施やボランティア活動などの)サービス活動が評価の対象。
DはCに近いが、大学(の名前をあげるために)どれだけ貢献したか。(大学外部からの研究助成金の取得など、また外部のアカデミックの役員活動等もこれに入る)

それぞれの項目毎に、明記して Dossier (個人書類ファイル)という報告書類を作成して査定委員会へ提出。(*書類だけで通常100〜200頁くらい。補填参考資料がこの他に加わるので、かなりの量)まず学部の査定委員会が査定、その後それを受けて、大学の査定委員会が査定、最終的に副学長がそれを了承して、最終結果が個人へ正式に通知されるというシステム。

テニアを取得するまで実施される毎年の査定「Retention」は書類提出後、数ヶ月で結果が通知されるが、「Tenure(助から准教授への昇格)」と「 Promotion(教授への昇進)」の場合は、半年の査定プロセスである。(*もちろん書類を作成して提出する方も大変だけど、それを査定する委員会の仕事を半端じゃないくらい大変 。大学にはいろいろな委員会があるけれど、なるべくやりたくない嫌煙される委員会の一つ。同僚を査定するなんて、誰も好んでやりたくないもの。>_<,,,,)


*ユニークなのは、結果に不満がある場合は、最初の通知から2週間以内に反論する権利を与えられていて、書類を提出できることである。(だからといって、結果が翻るとは限らないけれど、、、)余談ですが。

日本ではどのようなシステムなのでしょう?

2009年2月27日金曜日

Syllabus: シラバスは予定表?それとも契約書?

*写真は「Art493:美術教育理論&実践1(K−8th:幼稚園から中学2年)」のクラスの生徒達。昨年2008年秋学期の最後の授業の日。個人発表の後、クラスルームで軽く食事会。その後「最後の晩餐」ならぬ「最後のお昼」を皆で。このクラスは小学校の先生になる学生のためのクラス。美術を通しての教育ということですね。「There is art in all subjects! (すべての学科に美術は関連している!)」


シラバスは通常コースの概要説明(目的、内容、スケジュールなど)という風にとらえられていると思う。もちろんそれは正しい。ただ米国では私たち大学教員にとって、シラバスはそれ以上、学生と私たちとの間の契約書のようなものでもある。それはどういうことかというと、シラバスにコースの目的&条件を示すことにより、このような内容&条件の下で、授業を構成し、進行していくので、君たちもそれに殉じて勉学に励むようにというお達しというわけである。

当然学期始まって最初の一日は、このシラバスの説明に時間を費やすことになる。そしてこのシラバスは、学生からクレームがきたりと何かあった時、私たち教員を守ってくれる大切な書類に変身する。そういうわけで、このシラバスの中には、コースの目的や内容の他に、学生の取るべき態度(こういう態度をとったらクラスから退却してもらうこともありうるからね〜)とか、成績の付け方の補足的条件(無断遅刻や早退が続いた場合は、自動的に成績は一ランク落ちることになるからね〜)という風に結構細かく記載されることになる。

当然成績も数値化してきちんと記録することにしている。また昨今のテクノは米国のアカデミアでは大学のシステムにしっかり反映していて、うちの大学CSU-Chico (California State University, Chico) では、Blackboard WebCT  (Web for Classroom Teaching) VISTAというオンラインプログラムを採用していて、コースごとに自動的にプログラムが立ち上がるので、このVISTAオンラインプログラム上でも常に授業予定や各生徒の成績が見れるように更新している。

こういうと学生中心のオープンなシステムのようにも見えますが(もちろんそれが本来の目的のはずですが)、私たち教員にとっては、すべてを透明にまたきちんと記録することにより、何かあった時(例えば学生が成績に文句をいってきた時)に対応するための防衛手段に早変わりします。つまり「ほれ、これこれこういうことで、キミの成績はこうなったの。(どうだ!)」という風にですね。(*こういうとなんか身もふたもない感じで、ちょっと情けない感じがしますが、悲しい事に事実です。)

日本ではまだそれほど学生は強くおしてこないのではないかと思いますが(つまり先生にまだ権威があるのではないかと、、、)、米国、特にカリフォルニアでは学生が「Take for advantage (つまり先生の値踏みをして、この先生ならこれくらいいったらどうにかしてくれるかもというような)」で一言いってくる学生が多いので、そのために万全の準備態勢で待ち受けていなくてはいけないのですね。

赴任当時は強気の学生の対応にかなり苦労しましたが、さすがに10年。心臓に立派な毛が生えつつあります。(下記私のシラバスです。ご参考まで。)*ちなみに上記の写真とこの記事とは直接関係ありません(皆良い生徒ばかりでした ^_^!)

米国にて大学教員公募&選抜方法:選ぶの?選ばれるの? (Search for a New Faculty, 2/26/09)

3月、日本は受験シーズンも一息ついて、卒業式シーズンを迎えているのではないだろうか?ここ米国では、日本を含むアジア的な一斉に受験というようなものが存在しないので、大学の教員がそういったプロセスにかり出されるということはまずない。大学院は別として、学部学生の入学/転出入に関しては、Admission Office がすべて管理してくれるので、そういった意味では楽である。

しかし、この3月という季節は、大学院学生の申請受付締め切りや、(定年等で空きが出たり、追加定員のための)新しい大学教員(Tenur Faculty)の公募が大詰めを迎える季節でもある。特に大学教員新規採用に関しては、公募に集まった多くの書類の中から最も妥当と思う候補者を絞りこんでいき、その中から最終選考に残った数名(通常2−3名)を大学キャンパスに招待し、最後の選考段階に入るのがこの3月頃でもある。

今年は、世界的経済不況の大幅予算カットの中、幸いな事に芸術学部で新規採用予算枠をひとつ勝ち取ることができ、現在インテリアデザインの助教授レベルの採用プロセスが進んでいる。通常二日間にわたって行われる採用選考プロセス(研究発表、専門分野の模試授業、質疑応答面接等々)にわたしたち現職組も参加するため、結構な時間をとられることになる。それでも新しい人員が増えるといううれしいイベントなので、他の会議等に比べて、参加率は極めて高い。現在進行中のものも、今週末には最後の一人が会議で決定し、今度はその最終候補者と大学側との交渉になり、契約ということになる。大枠のサラリー体系(年俸)はあるものの、日本と異なり、一律一緒ではなく、経験やまた競争によって(例えば他の大学からも誘われていたりする場合)、サラリー(年俸)が上下したり、また仕事の条件(例えば教えるコースを一つ減らして授業を担当等々)も交渉次第ということになる。つまり私たちも候補者を選んでいるのだけれど、候補者側も他の大学と比較しながらできるだけ良い条件の大学を選んでいるというわけですね。

(もちろん選択のチョイスが多いかどうかはその候補者によるのだけれど、、、私の場合はどうっだったかというと、チョイス以前の問題で、そういうかけひきをするということを全く知らなかったの。他の大学3校から引きがあったのに、交渉自体をせずに、研究に時間を確保してほしいという口約束はしたものの、言われるままの条件で契約してしまった。う〜ん、無知と言えばそうなんだけど、当時はまさか米国で職を得るなんで予想だにしてなかったので、まあこうやってアメリカで生き残っているだけでも恩の時かなあ。そう思う事にしよう ^_^。。。)

さてそもそも公募用紙の中身はどうかというと、内容は少し大学によって、またどの専門のどの分野の人材を特に必要としているかで、変わってくるものの、だいたいの構成は大学に限らず、共通のものが多い。下記、2006年度実際に美術教育者の募集をした時の公募用紙である。


この中で、たぶん日本と大きく異なる点は、応募者の「Qualification (資格条件)」のところではないかと思う。

Qualifications: Doctorate degree in Art or Art Education (Ed.D. or Ph.D., ABD may be considered) with studio background and a minimum of 3 years of teaching in public schools or similar experiences are required. Teaching experience in secondary classroom or interdisciplinary work with innovative classroom technology preferred.

日本でよく見られる年齢制限等は全くないものの、博士号(教育博士&哲学博士、もしくはABDと言われる現在博士課程にいて、近い将来取得することになっている)を必ず持っていることと、そして教育関連現場(教職とは限らない場合もある)での経験が少なくとも3年はあることというのが、一般的な条件である。つまり「理論&実践」の二つを持っていることが求められる。また応募時の年齢にかかわらず、皆助教授からスタートすることになる。(というか、だいたい博士課程に入るにも、現場での経験が3年以上という風に設定している大学がほとんどなので、卒業して、大学で職を得る時には結構みんないい年である。この点ちょっとうれしい ^_^)

余談だが、国土の大きな米国では、出身校にもどって職を得ることはほとんどない。これは学閥を作らないという倫理上の防御策でもあろうが、アカデミックのプールを豊かにして、活性化させるためということなんだと思う。

ついでにもう一つ。公募の際、年齢や性(男女)等、差別につながる条件を示してはいけないことになっている。人間は基本的に無意識に差別&偏見意識を持ってしまう存在なので、こういった無意識の差別や偏見につながる行為&言葉は極力排除するという倫理である。非常に西洋的発想だと思うが、私はもちろん賛成である。(一度日本で美術教育の公募を見たことがあるが、年齢制限があってびっくりした。)

次は、採用後の話し、どうやって私たちは査定され、准教授(テニアを取る)に、そして教授になるのかのお話しを。