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2009年12月29日火曜日

War Relocation Project:日系キャンプ記念館にて (12/29/09)

クリスマス明けの12/27(日)からまた長いロングドライブの旅の始まり。ジョンの弟デリックが長いシングル生活にやっと見切りをつけて結婚することに、そしてサンディエゴで式をあげることに。ジョンのたった一人の弟ですもの、よっしゃと急遽チコから南下すること約千キロのロングロードに出る事にしたのだ。とはいうものの、ジョンのこと真っすぐサンディエゴ入りなんてもったいないと、夏にはとても暑くて入れないということで冬のデスバレー国立公園へ立ち寄ることにした。朝9時45分にチコを出て約9時間、デスバレーの入り口の街ローンパイン(Lone Pine)の宿に着いたのはすでに日もトッブリと暮れた6時半。ここで3泊の宿をとることに。

翌日28 日は一日かけてデスバレーの名所を回り、29日の今日、午前中は前々から行きたかった第二次世界大戦、もう一つの戦争の歴史でもある日系人強制収容所のひとつ、マンザナー強制収容所跡地(歴史博物館)へ。私たち日本人がほとんど知らない日系人の歴史がここにはある。(*28&29の写真サイトへリンク)


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2009年12月26日土曜日

My thought at the end of semester: 学期末にいつも思う事

あれだけ言ったのに、、、と学年末に思う事がある。ちょっと腹立たしい。もちろん学生に対してである。専門である美術教育コースではなく、特にGE (ジーイーと発音:General Education) と言われる一般教養のコース「Art100: Art Appreciation (鑑賞教育)」の野郎どもに。

学年末それも一番最終の週に、成績のことでいろいろ文句や涙ながらにメイクアップ(主にさぼってだけど受けられなかったテストや課題への追試ややり直し)を求めに来る。うちの大学の場合(たぶんほとんどのアメリカの大学も)、それぞれのコースが自動的にウェッブとしてリンクされるているので(WebCT Program: Web for classroom teaching)、授業の進捗状況はウェッブ上のカレンダーで一目瞭然、また私の場合、テストや課題の成績をその都度アップしているので、学生達に記載漏れがないかどうか、また課題等やり残しがないどうか学生自身で確認できるようにしてある。というか学生数が120人を超えるので、こちとら人間である以上記載ミスの可能性を否定できないので、学生達に自分たちでそれを確認し、明らかな記載ミスを見つけた場合、自己申告制で訂正ができるようにしている。(オフィスアワーというのが私たちには義務づけられていて、授業以外に週に5時間、学生の相談やアドバイスのためにドアをオープンにする時間帯を設けてさえいるのだ。)

にもかかわらず、確認しない奴がいるのである。それも結構。そういう奴に限って、学期が終わろうとする頃に自分の成績が足らないことに気付き慌てて相談にやっている。遅ーい!こちとら主観的に成績をつけているわけでなく、各テストはもちろんのこと論文等もすべて数値化してコンピューターにインプット。その結果成績がGP(Grade Point)として出てくるようにシステム化しているのだ。私はその数字をABCに置き換えているにすぎない。つまり私が成績をつけているのでなく、君たち自身の努力&忍耐の結果がそのまま出て来ているのだよ。

ここ数年特に困った事がある。中東からの留学生がすごーく増えて来て、なぜか私のクラスにもたくさんいるのである。その学生の何人かは能力不足でなく努力不足(つまりさぼっているのよ)で落ちる。それを奨学金を打ち切られてしまうからどうにかしてくれとやっている。甘ーい!だいたい奨学金というからには、国の税金できている訳だ。君らは好むと好まざるとに関わらず、国を代表しているんだよ。真面目に学問できないのなら奨学金をがんばれる人に譲るべきだと私は思うよ。冷たいと思うかもしれないけど、奨学金の重さはそれだけ重いという事をもう少し自覚しなくっちゃね。

2009年12月25日金曜日

A day of Christmas: 2009年クリスマスの一日



2009年12月25日クリスマスの一日。昨年はホノルルマラソン参加の後、ハワイで クリスマスを迎え、翌12/26日に私は日本へ、ジョンと海はチコへと東と西にわかれ るホリデーシーズンを迎えていました。が、今年はクリスマス後、何とお正月も久しぶり に家族で過ごすといううれしい冬休みを迎えています。(とはいうものの年明けすぐに私は再び チコを後にし、日本へ向かいます。)

今日はうちのクリスマスの典型的な一日の過ごし方 をここにアップ。今年はクリスマスプレゼントの開封作業の後、海の作ったチーズ&オニオンス クランブルエッグで朝食を。昼食は私の日本的お昼(とはいうもののちょっとフュージョン が入っていて、お寿司はカリフォルニアロールそして春雨春巻きがメイン)、夕食はクリ スマスのメインディナー、七面鳥をジョンがクック。デザートはクリスマスフルーツケーキ(私はなぜかこ れが大好き)。ゆっくりとした一日を過ごすことができました。感謝。

2009年12月24日木曜日

2009 Merry Christmas from Chico: チコよりメリークリスマス

We Wish You a Merry Christmas (^_^)! 
チコよりメリークリスマス!


12月に入るとチコの街もあちこちでクリスマスを迎えるイルミネーション(電飾)が花盛りとなります。散歩がてらにその電飾を見て回るのも12月の夜の風物詩。(特に飾り付けで有名な場所があり、チコ市でもイルミネーションマップというのを新聞に掲載していて、その地図を元に見学に行く車の列がイブの夜は特に多くなります。)

もちろん各家々では、クリスマスツリーが窓際に飾られ、外からも見えるようになっているケースが多く、うちもその例外ではありません。毎年生のクリスマスツリーを飾るより、既成のものを買っちゃえば楽!という声も聞きますが、生のツリーを飾るにはそれなりの理由が。クリスマスツリーのアロマが家中に広がり清々しい匂いで一杯になります。アロマセラピーという訳ですね。

2009年12月23日水曜日

Winter Solstice(12/21/09:冬至):陰の極まる日


12/21/2009(月)今日は一年で一番陰の極まる日。日本でもその陰を払う行事やその日にちなんだ食をする習慣が各地であるけれど、ここチコの街でも、冬至の日に友人達で集まって、この一年のバッドラックを祓い、新しい年に向かって願をかける集まりを例年やっている。

日本程きちんとその方法が決まっているわけではないようだけど、ショーンとキャメロン(夫婦)のうちにいつものように皆で集まり、今年は一人一人ろうそくに火をつけながら願いをかけた。

毎年恒例の行事になっていて、それぞれが食べ物や飲み物(ワインやビール)を持ち寄ってのホームパーティでもある。今年は子ども達も含めて約15人程。いつもは庭に出て薪を集めて火をつけ、その回りに腰かけ、星を見上げながら雑談で時間を過ごすのだが、今年は雨が降り、家の中のみの団らんになった。これがその時の様子。

子ども達にとってはいつものマシュマロクッキーができなかったのが残念。(木の枝にマシュマロをさし、火であぶり柔らかくした物をクッキーではさんで食べるというもの。これがとろけるほどおいしいの)楽しみはまた来年。

2009年12月22日火曜日

Merry Christmas To You 2: 海のピアノでメリークリスマス

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海からメリークリスマスの第二弾。「Do you hear what I hear?」をピアノの先生とのデュオで贈ります。

小学校1年の頃から手にしたピアノですが、なかなか続かずにいました。この春から改めて習い始め、12月に入り、クリスマスソングを10曲ほど練習していたそうです。その中で一番のお気に入りの歌(まだ完璧ではありませんが、、、)を贈ります。私も海とデュエットをするために、また習い始めようかな。We wish you will have a merry christmas (^_^)!

2009年12月16日水曜日

Merry Christmas To You I: ヨーヨーで一足早くメリークリスマス









(上の下線部分をクリックすると海のヨーヨーショーが見れます。よかったら見てみて下さいね。)

チコの街はヨーヨーの米国大会が行われるところで、ヨーヨーは子ども達の間でもはやりもの。たかがヨーヨーといって馬鹿にしてはいけない。結構高度なのである。ダウンタウンにある「Birds-in-hand」というおもちゃ屋さん(というより健康安全おもちゃやヘルシー志向のグッズを置いてあるお店)がそのヨーヨー大会の主催サポート店で、毎週土曜日の午後12時から2時まで無料でヨーヨー講習会をやっている。海もクラスの友だちがやっているのを見て、はまったらしい。この数ヶ月こっていて、一ヶ月ほど前から毎週この講習会に参加していて、結果この通り、三段階のレベルの最初のレベルをパスしてこれくらいのことはできるようになりました。

海の着ている赤のTシャツがそのレベル1をパスしたという証明で、10種類の技術があって、それをマスターするとレベル1がパスということで、この赤のTシャツがもらえるのだそう。この上にレベル2(黒のTシャツ)、最後のレベル3(紫のT−シャツ)まで達すると、大会に出れるくらいのレベルだそうです。

このヨーヨーも結構します。まともに買えば約$100ドル。海は友人から中古のお下がり、それでも$50ドル。弘法筆を選ばずではなく、上達するには筆ならぬ良いヨーヨー(つまり高いやつね >_<,,,)が必要なんだそう。

2009年12月8日火曜日

海君の虱取り(12/08/09)

美容院に髪の毛を切りにいった海の頭がどうもへん。今時?というようなビートルスのマッシュルームカットになっている。笑いをこらえて理由を聞くと、「海君の頭に虱(しらみ)発見」なんだとか。髪を切り始めた美容院の人が、虱の卵を見つけたのでカットするのをストップ。きれいになってからまた来てねと追い出されたのだそう。別に美容院のお姉ちゃんが冷たいにでもなんでもなく、安全衛生上の規約でそういうことになっているらしい。早速薬屋さんに行って薬を購入。そして毎日虱探しの日々がここ2、3日続いています。笑っちゃ行けないけど、その様子が猿の蚤取りの親子にそっくりで、思わず写真をとってしまった私。どうも学校でもはやっていて、とうとう海にも移ったらしい。この数日後にはきれいになって、改めて散髪にいってきましたよ。

2009年12月7日月曜日

和太鼓倭が再びチコの街にやって来た Ya Ya Ya! (10/12&13/09)


夏の奄美、皆既日食プロジェクト公演(7/18/09)でお世話になった和太鼓倭のメンバーが再びチコの街にやってきた。2002年秋の公演が初めてで、それからほぼ2年ごとの米国ツアーの際にはチコの大学で公演して下さっていて、 2004年、 2006年、に続いて 2009年今年で早いものでもう4回目のチコである。

写真は公演前日チコに着いたその日にうちにきてもらいホームパーティをやったときのもの。左から右へ順に、建命(たける)君、里美さん、智子さん、美香さん、沙織さん、そして右側ちょっと奥に引っ込んでいるのがリーダーの妹さんでもある晃子さん。前にも書いたけどこのグループの特徴のひとつに技術や演出のうまさに加えて、「女の子がカッコいいー!」というのが私の第一印象。

今回はメイン公演の他に学校ワークショップ公演というのも見てきました。ワークショプというより、チコの学校の子ども達を対象にしての公演といった方が正しいかも。Laxon Audotriamというのがうちの大学のメインパフォーマンス会場で約1,500席、三階席まである。当日は満員御礼。うちの息子のクラスの付き添いの父兄の一人として行ってきた。申し込みが遅れたせいか、三階のそれも一番後ろの席で見る事に。でもそれが逆によかったんだよね。いっちばん後ろからでもその迫力はずずず〜んと伝わってきました。最初太鼓のかけ声の「はっ」とか「やっ」という言葉に冷やかしをいれてた悪ガキども(たぶん中学生くらい)が、公演開始10分後にはしーんとなって食い入るように舞台をみていました。百聞は一見にしかずならぬ多くの注意の言葉よりパフォーマンスのすごさが彼らを釘付けにするのだと改めて感じ入りましたね。終わった後?聞きたい?もちろんワッーという怒濤のような子ども達の歓声に皆スタンディングオベーション。学校公演を初めて今回見させてもらったけど、メイン公演よりむしろ感激しました。倭!よかったよ!

(個人的にうれしかったのは、息子のクラスの先生を始め保護者の人たちが皆私に近寄り口々に「いや〜よかった。ベストだね。」と言ってくれた事かな。別に私がパフォーマンスをやったわけではないけど、なぜか「えっへん!どうだ!」という気持ちになってしまうのよね。不思議と(笑)

2009年12月1日火曜日

To Montrey during Thanksgiving Holiday:感謝祭ウィーク家族旅行「モントレー」へ


モントレー水族館のクラゲコーナにて)

11/26(木)感謝祭の日にサンフランシスコに帰って来た。空港にジョンと海の姿を見つけた時はいつもよりホッとした気がする。そのままモントレーへさらに数時間のドライブ。何年か前のヒットアニメ映画「ニモ (Finding Nemo)」(くまのみの男の子の冒険アドベンチャー記)の元になったカリフォルニアのモントレー湾のあるところ。モントレー水族館があるところでも有名。特にこの感謝祭ウィークエンドは家族連れでとてもにぎあう。その家族連れのひとつがうち。さすがにその夜は私はバタンキュー。翌日は悲しい事に日本でやりきれなかった仕事をこなすためにホテルに缶詰状態。でもそのおかげでゆっくりと(だらだら?)してました。ジョンと海はもちろんハイキングへ。あいかわらず元気な二人。(左下の写真はモントレー近くの「海辺の街」という名前の街「City of Seaside」そばの砂丘にて)