今年の夏、ジョンと海が合流するのを待たずに、3週間早く一人で帰国したのは訳がある。そう矢之脇の家(実家)大掃除プロジェクトの敢行なのだ!!!いつもが母との捨てる捨てないの口頭バトルに疲れ果て、お茶を濁したようなそうじしかすることができなかったのだが、母がこの1月からハピネス浦上(高齢者賃貸住宅ー半介護付き)に居を移したのをこれ幸いと大掃除を敢行することにしたのだあああ!でもなんせ数十年分のものがそれも3世帯に分かれていたものが一緒につまっているものを一人でやるのは不可能(といっても毎年帰郷のメイン行事はそうじだし、2年ごとに大きなそうじをしてはいたのですが、限界があったのね)。ということで助っ人を頼む事に。写真に移っているのが、そのお二人(私の高校時代の同級生のおとうとさん夫婦でごみ回収業を営んでおられる)。特に奥さんの方「ゆかりさん」が素晴らしい人で、私のゴミ処理のナビゲーターをかってくれた。箱一つをあけるたびに、手が止まったり、いろいろ読み始める私を、徳さあ〜ん、読むのは後にして、必要なものとそうでないものにわけましょうね。と優しく、そしてきっぱりと言って下さった。なんだごみを処理できないと母をしかっていたけれど、私も同じじゃないのと自問自答しながら、せっせと一週間。写真に移っている軽トラック約7台分(粗大ゴミを含めるとたぶんそれ以上)のゴミが出たのでした。
整理しているうちに、父の遺品の中から、晩年父がいろいろ習い事をしていたことや(詩吟や書道)、それで段位等をいろいろとっていたこと、そして趣味でやっていた郷土史の史料集めを熱心にしていたのを発見。父はもしかして郷土史の本を出版したかったのではなかろうか?そういう風に思えるほど充実した資料がありました。さすがにこれは箱にまとめて、できたら私のライフワーク、父の後をついで、力不足ながら努力して編纂してみようかなあと思わず思ってしまいました。できたらいいね、お父さん。あまり期待せずに待っててね。
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