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2013年2月3日日曜日

続き 海の15歳祝スキーツアー:Continued Kai's Birthdy Ski Tour with Friends (2/1&2)

朝9時過ぎにロッジを出てまず腹ごしらえドライブスルーの車の中から見たギース達。そしてスキー場へ。車の正面に真っ白のシャスタ山。感激もの。

リストで上に上るティーンエイジ3ボーイ。日本ではあり得ない事でしょうが、ここのリフトは、なんと前に落下防止の手すりがないっ!前につんのめったらそのまま落下してしまいそう(安全管理をどう考えているのでしょう)。

シャスタ山のピークをバックに三人でパチリ(写真左から:海、エマーソン、そしてスノボーのキャメロン)。三人は同じ高校の1年生(日本では中3にあたる)。海が一番小さくて、それでも私の身長を超えて今約160㎝強くらい。真ん中のエマーソンは185㎝以上の長身。右のキャメロンも170㎝以上。みいんな育ち盛り。そのカメラをかまえた私の前をお茶目ポーズでジョンが滑って行く〜。おいっ!

ゲレンデは広い。遠くに滑って行く海が小さく見える。(日本ではよく「馬の背」とか「牛の背」とかいう狭くてまるっこいゲレンデがスキー場毎にあったものですが、ここにはそういうとこがないような気がする(シャスタスキー場しか知らないので、他にはあるかも)。

最後はリフト頂上からみたキャスケード山脈の山々。絶景。

2013年2月2日土曜日

海の15歳祝スキーツアー:Kai's Birthdy Ski Tour with Friends (2/1&2)

海の15歳の誕生日を祝って、今回はシャスタ山に一泊二日でスキーに行って来た。海の(現在の)ベストフレンドであるキャメロンとエマーソンも一緒。

小さい時(小学校まで)は、先生が気をきかせてクラスでもそれぞれの誕生日を開いてくれたものだが、それとは別に家族でも、誕生日に近い週末を使って、海の友達を誘って何かしら記念になることをするようにしてきた。

アメリカは誕生日ビジネスが盛ん。一般的に考えられるもちろんピザ屋さんのような食事をするような場所で、誕生日用のプランを提供しているのはもちろんのこと、それ以外でもいろいろある。例えばうちが利用したものでも、アスレチックジムを数時間借り切って(インストラクター付き)遊ばせたり、エステのジムでもプールを借り切って(これまたセーフティのインストラクター付き)、そこでバースディランチ付きの催しを開いたりもしたことがある。(ちなみにジョンの勤めネーチャーズセンターでも、誕生バーティ用に場所を提供していろいろなプランを提供しているらしい。)

なんかすごそうだけど、これが思ったほどそんなに高くないのである。上記のプランで確か子ども10人まで2時間の貸し切り。$100しなかった(1万以下。自分の時間使って10人の子ども達を受け入れるパーティの準備をすることを考えると、2時間ベビーシッター付きで遊ばせてくれると思えば、安いのではないかと思う)。

さすがに中学くらいになると、上記のような大人数を集めてのパーティはちゃんちゃらおかしくなってか(ティーンエイジャーはクールなのだ)、映画を見に行ってうちにスリープオーバー(日本語に訳すと「お泊まり会」)っていうのが、ここ数年続いていた。

今年は15歳である。(別に意味はないけど、私的に15歳は10代の中で一番好きな年だったので、何かちょっと思い出に残るバースディにしてあげたかった。そこで年末に奄美の Six Girls を連れて行って思いのほか、楽しかったスキーはどうかと思い立った。それもうちではなくロッジでのスリープオーバー付きね。

うちは車は1台しかないので、呼べる友達は二人のみ。ということで、海のベストフレンド二人を誘って金曜(2/1)の夕方から一泊二日で出かけることにした。学校終了後夕食を済ませてもらってから6時にうちに集合。チコから州道99号線から国道5号線へ北上すること約2時間。シャスタ近くのロッジで今までも何度か利用したことのある「Cave Spring」に二部屋予約(一部屋約$80=7,200円:日本と違って人数でなく一部屋いくらなので人数が多い時には助かりますね)。一部屋はもちろん海と友人達のため。

翌土曜(2/2)9時に宿を出て、ドライブスルーで朝食をピック。シャスタスキー場に着いたのが10時ちょい前。年末に皆で行った時は大違いで駐車場が結構すいててびっくり。ジョン以外私も含めて皆でレンタルスキー(一日レンタルスキーの板と靴:$23+一日リスト券$44:8AM-4PM)。10時半前くらいからスキーをし始めて、途中お昼に30分くらいの休憩で、4時近くまで、数年振りかでがんがん滑りました。もう足の膝の上、表部分(なんというんだっけ?)がもうぱんぱん。

このひと月ほどほとんど雪らしい雪がふらなかったとかで、雪質を心配しましたが、思った程表面がざらざらと凍ってなくて、滑りやすかった。何年振りかのスキーでしたが、まだ身体がどうにかスキーを憶えていて大丈夫ということがわかったので、今年は機会があれば何度か行きたいと思っています(ただし次回は日帰りの半日スキーで十分かも)。


車の中から正面に霊峰シャスタ山を望む。標高4千m強。そう富士山より高いのであるよ。(*長くなってしまったので、他の写真は次のブログ頁をご覧あれ)。


2013年1月28日月曜日

シドニーより海の誕生日にチコの街へ:Go back to Chico on Kai's 15th Birthday

1月27日は海の誕生日。15歳になる。その日にシドニーから帰ってくることにした。サンフランシスコ空港で待つ事5時間余。最初は長いなあと思ったけれど、結構楽しく時間をつぶせた。インターナショナルターミナルからチコへの乗り継ぎ便の国内線ターミナル1へ。そこで最初はゆっくりインターネットでもしながら待つつもりだったのが、時間があるのでターミナル3(チコ発の便はいつもはここ)まで移動しながらターミナル内に点在するアートギャラリーでアートを鑑賞(ターミナル3の通路スペースにはいつもいいのが、今回はアジア美術館所蔵のインドヒンズー教の神々の彫刻展示)。3時過ぎにターミナル1に戻り、最後の1時間は溜まっていたブログを更新。

そして午後4時45分サンフランシスコ発の便にてチコへ。小さなプロペラ機の窓から見たのがこれらの景色。山際(カスケード山脈:Cascade Range?)に沈む夕日。眼下に広がる水田(もちカリフォルニア米)。そして着陸直前見えた人口約10万のチコの町並み。「ただいま〜」という気持ち。帰るところがあるからこそ旅もまた楽し。いつものようにしみじみとそれを実感する旅となりました。

2012年11月30日金曜日

再び海の体調が、、、

11月28日(水)午後の2時頃、LAの空港でトランジットを待っている間、うちに電話をかけてみた。海が出た。十日振りの声にうれしさ半分なぜこの時間帯に居るのの心配半分。予想通り体調不調で学校をお休みしたとのこと。またか、、、の気持ちと今度は風邪が原因か別のかと思案。

このクローン病というやつ、海自身の免疫システムが強すぎて、海自身の身体もアタック。それが身体の節々の痛みや腹痛として現れる。それを押さえる薬を常用するしか対策がないのがこの病の難儀なとこ。結果、普通ならなんともないちょっとした風邪なんかに対応できなくて、長引いたりする。薬が免疫力を押さえすぎて、今度は肝心な時に働いてくれないのだ。

今回は微熱とお腹がしくしく痛むらしい。この数日食欲もないせいか、私がチコを離れた十日前と比べてかなりやせているのがわかる。結果水曜から今日金曜まで三日学校を休むことになった。本人が一番しんどいんだと思う。でも、休むことを伝える学科の各先生へメールで連絡はきちんと入れるようにだけ伝えておいた。

(そうアメリカはクラス担任がいるのは小学校だけで、中学高校は学科ごとの先生だけ。学校を休む時など連絡を入れるのは事務所にだけ。というわけで、遅れた学科をチェックしたりするためには、各先生へ連絡する必要がある。結構めんどいし、そして心配してくれる担任やいつものクラスメートがいないというのは結構さびしいもの。選択する学科ごとに集まる生徒も違うので、生徒が数日休んでも「あれっ今日休み?」くらいで、みんなあまり気にしないみたい。そういえば、海が病院に検査入院した1週間、いつもあんなに遊んでいるのに、お見舞いに来た海の友達は一人だけだった。来るのは私の友人達大人ばかり。あれは結構さびしかった。)

今日は少し調子を戻したようなので、来週は学校へ戻れるといいね。今週末はまた宿題の対応に追われるね。きっと。(ここ数日の嵐のような雨模様も海の体調不良の原因かも。紅葉した木々が見事に散り始めている。)

2012年11月6日火曜日

海の宿題悪戦苦闘記 (Mon. 11/5)

う〜ん。高校に入ってから海はレイトアサイメント(指提出の期日に遅れた宿題)に追われる日々。

結構きびしくて、たった1日遅れでもポイントが3〜5割引かれる。でも〆切を守るというトレーニングにはなりますね(ちょっときびしいと思うけど、、、)。

海の場合はちゃんと口実理由があって、体調不調(風邪が長引いて)でお休みした分の宿題に追われる日々を過ごしている。

でもね一応教師の立ち場から見ると、遅れての提出くらい迷惑なことはないから(その分時間が余計にとられる)遅れた宿題に対してそれなりのポイントをあたえるのは当然と理解できる。しかしだ〜私は個人的に海を見ているので、生徒側の気持ちも少ーし理解できて、自分の学生達にも同情したりする。(ここが私の甘いとこかも。それに大学生の場合、本当に妥当な理由かどうか見極めるのが大変なのよね、、、)

2012年10月31日水曜日

恒例のライバル対決 水泳大会:2012 Annual Swimming Race - PV vs. Chico HS (Wed. 10/10)

海は昨日から少々風邪気味。どうもクローン病のせい(常用している薬の副作用)で免疫力が押さえられていて、ちょっとした風邪にも長引くようになってしまった。ということで、学校を休むことに。

今日の水泳クラブの大会もだめかもね、、、とコーチにテキスト(携帯メール)で、2種目参加の予定を平泳ぎ50mだけにしてもらうことにした海。そう学校は休んでも水泳大会は休みたくないらしい。なにせ今回は特別。ライバル高チコハイとの恒例年一回の水泳大会。

いつもの学校のプールではなく、今日はチコで一番大きなスポーツクラブ「エモーション」の屋外プールを貸し切り。(うちの近くで、車で数分の距離。海を送って行った時には、すでにプール周りには両校の保護者や関係者で一杯の人だかり。

風邪でダウン気味はずの海もまわりの熱にハイパーに?1種目出場のはずが、なんと結局リレーも含めて3種に出場。タイムもいつもよりよかったとか。

結果は男子はPVが勝ち(例年のように?)。女子は8年振りにPVが勝利(^_^)。海はこのあと数日間寝込み、学校をお休みするはめになってしまいました。ちゃんちゃん。

(*下は私の個人的お気に入り。9月29日土曜日にアンダーソン高校での大会の記念写真。題して「3アミーゴ」)


2012年9月9日日曜日

プレゼントバレー高校訪問ナイト:A Back to School Night 2012 (9/6)


木曜日の夕方、海の入学した高校プレゼントバレー高校に行って来た。学年始めに行われるバックトゥースクールナイト(保護者の学校&クラス訪問)。

2012年9月6日木曜日

海の調子:Kai's updated condition

火曜の朝ちょっと海の足首が少し腫れていたらしい。そのまま学校へそして水泳もこなした。翌日水曜今度は右膝が腫れていた。これは私も見た。ちょっと大丈夫かなあと思ったけれど、本人もたいしたことないというので、そのまま学校へ。痛むようだったら、水泳はなしで帰っておいでと伝えておいたが、予想通りその後水泳も休むことなく参加して帰って来た。

翌日木曜の朝、海がぱんぱんにはれた右膝を引きずるように起きてきた。今度はお腹の調子もおかしい。これは間違いなく例のやつクローン病の兆候。やっぱり来たか、、、2月にはっきりとした症状で病院に入院。1週間の精密検査で病名を伝えられ、薬での治療で普通の生活をおくれていた海。1年半程おかしいおかしいと思いながら成長痛のひとつと片付けられ悩んでいたのが、病名がはっきりし治療法も明示してもらってほっとしたのも束の間、この夏8月にまた少し調子が悪くなりはじめていた。それからサンフランシスコの専門医を尋ねて、薬を少し変えたりと次なる治療法をさぐっていたところ、とうとう身体にもそれが現れはじめた。

結局その日はお休み。ジョンがドクターに電話で説明、処方箋を薬局へ送ってもらい、薬でその日はどうにか、そして小康状態へ。翌日金曜はどうにか学校へ。水泳も無事こなしてきた。

ジョンと私はこれからのことをいろいろ。同じ悩みを持つひとたちからの意見もいろいろ。チコに良い専門医がという情報ももらい予約をしたけれど、同じような人たちが一杯いるらしく、私たちの予約は11月まであかないとのこと。

2012年8月31日金曜日

そして海が水泳が好きになった訳:Why Kai likes swimming

海が高校でのスポーツに水泳を選んだのは、彼自身の健康問題でできるスポーツのチョイスが限られていたからというのが1番の理由。小学校時代ずっとやっていたサッカーやけっこう足の速かった海は中学では陸上を選んだけど、足への負担はどうしても避けられない。結果選択肢として残ったのが水泳ということになる。

でもスポーツをしないという選択肢もあった中で、あえて高校時代のスポーツとして水泳チーム(競泳)を選んだのは、やはり水泳が結構好きだったのが本当の理由だと思う。

そして海がそもそも水泳が好きになったのは奄美のおかげ。奄美のエメラルドグリーンの海(うみ)そしてそれにも増して名瀬小学校の水泳クラブのおかげだと思う。

私が大学のサバティカル(研究休暇)で半年日本に帰国し、奄美をベースに生活すると決めた時、海はちょうど5年生。その最初の1学期(4−7月)、名瀬小学校に通う事になった。スポーツのさかんな奄美は小学校時代からみないろいろなスポーツをやる子が多かった。それじゃあせっかくなので、海もとその時選んだのが水泳。最初は犬かきみたいな自己流で泳いでいた海が、毎日数時間の練習のおかげで、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、そしてバタフライと全ての泳ぎがきれいなフォームで泳げるようになった。そしていくつかレースにも出させてもらった。あの時の経験と自信が高校でも水泳をやる気にさせてくれたのだと思う。

6年間海の小学校生活を支えてくれたクラスの担任の先生方、クラスのみんな、そして親御さんらにはもちろん感謝だけれど、水泳クラブの皆さんにもあらためて感謝。

2012年8月30日木曜日

海の高校生活スタートはスイミングチームと共に:Kai's high school life with swimming (8/29)

海の高校生活がスタート。プレゼントバレー高校でスイミングクラブに入ることを決めた海は、夏休み中に一ヶ月のスイミングキャンプに参加してトレーニングを開始する予定だった。順調に思えたのも最初の2週間で、後半は心配していたクローン病による足の痛みで結局断念。中学の時と同様クラブ参加(その時はアメフト、バスケ、レスリング、陸上の運動部の中、消去法で陸上を選択)は無理かなあと半分あきらめていた時、高校のスイミングチームに入るためのテスト(5百mを10分以内が条件で海は8分とか)にパスしたよ〜!と久しぶりにいきいきした海のうれしそうな報告があった。  うれしい反面、毎日2時間の練習に体調は大丈夫なのかいな?の私の心配をよそに、毎日いそいそと練習に参加しはじめて2週間目の昨日(8/29水)に、ライバルのチコ高校との合同全体レース会に参加。新入生の海達も参加。海もクロールに出場。写真のように元気に泳ぐ姿を見てほっと一安心。(炎天下、水の中いきいきと泳ぐ子どもたちをプールサイドで応援しつづける親達は「目の前に水があるのに入れない〜という」ほとんど拷問状態。海は元気。ジョンと私はその日はぐったり。笑。)

2012年5月28日月曜日

アンディ君&海の中坊卒業祝いホームパーティ:Andy & Kai's Gradutation Home Party (Sun., 5/27)

今日やっとほっと一息の久々のいつものメンバー(日本人女性とそのだんな達&キッズ)をお誘いして、今回の名目は愚息海と幼なじみのアンディ君揃って中学卒業の祝いの集い。のはずが、当の本人達は二人で別部屋に籠ってビデオゲームの超健康(?)的に集い中。そんな二人のティーンエイジをほっといて、大人は早速「私たちの世界」を作ってエンジョイ。

日差しが目に痛い照り着くようなチコの街。パーティスタート時の5時はまだまだ。そんな中7時過ぎあたりからは少ーし日がかげて、家の中でたむろっていた私たちも野外庭で団らん。夫どもは夫でかたまり何やら談笑。私たち「妻達」もいつものように楽しい女子会。そして家の中では、慶子さん(食品工学)がモーツアルトのトルコ行進曲を。音大かサイエンスかとその進路を悩んでいたというその実力をかいま見ることに。その後ピアノの後にあわせて、ダンスパーティもスタート。
パーティの間中、子ども達も家の中でお絵描きしたり、あきたら外へと思い思いのいつもの光景。今学期はいろいろあって、このいつものパーティがなかなかみんな揃ってできなかったのよ。今日は本当にやっとね!気分。いよいよ夏だ(でもまだ私は成績付けが、、、涙)

2012年5月25日金曜日

今日は海の卒業式:Kai's graduation ceremony at Marsh Junior High School (Fri., 5/25)

今日は海の中学の卒業式。大学の時と同様室外でのセレモニー。海ら学生は7時半集合。セレモニーは8時半からのスタート。席とりのため私たちもキャンプチェアー持参でいそいそと出かける。ほとんどの人は既に前日に椅子やタオルで場所取りだったのか既に椅子がびっしり状態。でも父兄はまだちらほら。そんな中私たちは本持参で椅子に座りまた日差しが強くなる前の早朝の青空読でセレモニー開始待ち。

男の子と女の子のペアで仲良くマーチングでセレモニー青空会場へ入場。教育委員会のお偉いさん方や校長先生のスピーチの後、生徒代表男女三人の学生生活を振り返って的な挨拶。日本の厳粛なスピーチと大きく違うところは、大人学生に限らず、皆ちょっと気の効いた(ジョーク)言葉を入れて少し笑いをとるところ。そしてスピーチの最後はハンディキャップありながらがんばった卒業生への特別表彰スピーチ。それを受け取るその学生の最高の笑顔に多くの人が祝福のスタンディングオベーション(同じ親として思う気持ちは皆同じ。よくがんばったね。そしてこれからも)。

そして卒業生一人一人の名前のアナウンスとともにステージに上がり校長先生より卒業証書を受け取る卒業生達。最後は再びマーチングで会場から去って行く彼ら彼女ら。中学は2学年だけなので、日本でいうところの中学3年が高校1年生にあたる。この8月から海は14歳ではや高校生。

(下から2番目の写真は左から海と親友のエマーソン。二人で打ち合わせて海は上下黒で白のネクタイ。エマーソンはその逆パターンで上下白でタイを黒にということらしい。その海の希望の組み合わせを探すのに私の方が苦労しました。制服がないので、このスペシャルな日のために男女問わず目一杯におしゃれを。ところでこのエマーソン、14歳でなんと身長180センチを超える超ハンサムボーイ。エマーソンと並ぶと、小柄な海がいつも以上に小さく見えてしまいますね。それでも仲良しな二人。最後は中学校のトレードマークわにの下、家族三人で記念にパチリ。こちらも海にあわせて家族で黒づくし。)

*他の卒業写真は「ジョンのFacebook」にあります。よかったらクリックしてみてくださいね(^_^)。

2012年5月24日木曜日

海中学最後のダンスパーティは如何に:How was Kai's Last Dance Party in Junior High? (Wed., 5/23)


中学最後のダンスパーティらしい(といっても日本と違って中学は二学年のみなので、実際にはまだ中学の2年生)。 中学でこういうソーシャルな社交場を提供するところがやはりアメリカね。と思いきや、実際はまだまだこの程度。ガールフレンドがいたり、女の子を誘ってダンスをというような粋な男の子(ティーンエイジの始まり14歳)はまだそう多くないらしく、相手のいない男の子同士で集まって、このように騒いでいるのが実態。親としてはちょっと情けないような、幼さにほっとするような、ミックスフィーリング。 

かわいかった子ども時代にそろそろ別れをつげ、ティーンエイジ時代の到来、そしてこの夏からいよいよ高校生になる(こちらでは高校が4学年:中高トータルで6学年なので結果日本と同じ)。

それにしても、アメリカは高校まで義務教育なので、「お受験」がない!はるか昔の自分自身の体験を思い出してみても、結構精神的にあった(?)のではないかと思うので、高校受験がないというのはいや〜本当に楽よ。受験生を持つ家庭によくありがちな、うちの中のびりびりムードは全くないもの。日本も早くそうするべきだよね。そうなると受験のための授業という方向性もなくなって、もっと有意義な授業ができると思うのだけどね。

2012年5月22日火曜日

ジョンのゾロメ(44歳)の誕生日そして海の宿題進捗状況:Jon's 44 yrs birthday & Theo's late assignments

昨日(5月21日)はジョンの44歳の誕生日。「ハッピ〜ハッピ〜バースディ〜」と祝いたいゾロメの記念すべき誕生日。特別な日に〜と言いたいところだけど、海の学校がまだ後残り1週間。今週末日曜にジョンの誕生祝いと海の卒業祝いを一緒に祝うことにして(あっでもジョンと二人で一緒にスペイン料理のレストランでスペシャルランチには行きましたよ)、今のところ海の遅れた宿題の対応に追われている(滅多に手伝わない私もさすがに今回はお手伝い)。例の入院騒ぎで遅れた宿題がたまりにたまり(それとぎりぎりにならないと火がつかない、誰かさんそっくりの性癖が災いして。う〜それは私。)、それを終わらせるために毎日海を叱責しつつ手伝う日々がまだ続いている。

いちがいに比較はできないだろうけど、日本と比べるとアメリカの宿題は一つの答えを求めるというより、そのプロセスを問うプロジェクト形式のものが多いので、時間がかかって結構大変。今日は最後の大きな英語の宿題が終了(本の感想小論みたいなものにイラストを記載するというもので7頁)。後は遅れている数学の宿題(なんと5つも >_<,,,)。最後の日(5/24木)まで後二日。間に合うか?一応教師として私からの一言。終わらなくとも少なくともそのがんばる姿勢が重要だから、あきらめないでとりあえずあと二日。

(*写真は実はこのメールとは関係なく、先週のサイエンスの宿題「ペットボトルを使ってのロケット作り」。どれだけ高く飛ばすか?そしてちゃんとパラシュートが開くかが課題だったみたい。)

2012年2月22日水曜日

海の身長が伸びた理由:The reason why Theo's hight was grown up!

1週間病院で寝ている間に、海の身長が伸びたような気がする。立ち上がった時私との目線がほぼ同じくらいになりつつある。私の身長が約160センチ弱なので、私の身長を超すのももう少しかな。

海は割といやとても小柄な男の子で、本人も(口には出さないけど)気にしている。特に周りの男の子達(もちアメリカ人)が中坊にもなるとこの数年でぐ〜んとのびていて、それと比較するとすっかり前から一番目あたり。ジョンに言わせるとパーセンタイルで5%だったとか(百人いる中で前から5番目ということ)。それが今は35パーセンタイル(百人中35番目くらい)に挽回中。

うちの家系は私も同世代の日本人女性と比べて平均より上だし、うちの弟たちときたら二人とも結構でかい。下の弟なんて180以上ある。その彼らの子どもたち(海と同世代)ときたら、男の子も女の子も見事なくらいすっーと身長が高く、日本人としてはうらやましいくらいかっこいい体型をしている。

その従兄弟である海はハーフなのに、今頃の日本人のこどもと比べても小さい。それが、ちょっと寝ている間にである。そういえば、母から聞いた話では、うちの父もとても小柄でいつも一番前で朝礼では「腰に手をあてて前習いだった^_^」と冗談めかしてうれしそうに話していた。それが中学(旧制)に入る前後に何か大病をしてひと月ほど入院していたら、すっかり大きくなって同世代でもまあまあ以上の身長になっていたといってたっけ。海もそのくちかもしれない。

(ちなみにうちのジョンは170センチないので、アメリカ人としてはかなり小柄だと思う。もし海がこのまま小柄だとしたらたぶんジョンの家系だと思う。それはそれで良いと思うけど、それをいうとジョンに「君だってかなり小柄だよ〜」とちょっとむきになって言われる。そうなの。ジャイアンの国アメリカに住むと私もかなり小柄の部類。でもそれ以上に大小さまざまで、ここは私よりずっと小柄な人も結構いる。アメリカって本当にいろいろ。)